子育てママだって働くママです!

· 2018年10月12日
母親業というのは、母親にも子どもにも、そして社会にとっても非常に重要であるということを、誰もが意識するべきでしょう。

最近では、子育てママを非難する傾向が見られます。しかし自分の息子や娘のために子育てママとして、心を身体と魂を捧げる女性も、働くママなのです。

世界では3月8日に国際女性デーとして記念行事が行われていますが、起源は女性労働者の権利を守るための国際婦人デーと知られていました。職場における女性の成果を称える際、自宅で子どもの世話をすると決心した母親を除外してはいけません。

残念なことに、この記念すべき日のすぐ後に歴史上の悲劇が起こってしまいました。1911年3月25日ニューヨークの繊維工場で火事が起こり、140人以上の女性労働者が亡くなりました。職場での平等のために戦い、特に女性の権利を認めて欲しいと願いながらも、酷い労働環境を強いられ被害に合ってしまいました。

デモに参加する活動家達は、性別に関わらず、全ての労働者の職場環境を改善することを目的としています。今日では、歴史上のフェミニズムのシンボルとして考えられています。

しかし国際女性デーに称賛する女性として、家庭で子育てに専念する母親を含めないというのは正しいでしょうか?

勿論そんなことはありません。子育てママも、キャリアを選んだ女性と同じように認めてもらうべきです。家庭管理をして、家族の世話をするのも大変な役割なのです。正式な仕事と違ってお給料もなく、家事の仕事は際限なくあるものだということを忘れないでください。

家庭で子どもを育てる女性は、自分の労働に値段を付けないのです。ボーナスも無ければ、有給休暇もありません。大抵の人は、子育てママを労働者として扱ってもくれません。

しかし子育てママがいなかったら、私達は今現在のような生活を送っているでしょうか? 多くの人は、母親、姉妹、祖母、叔母が育てられたに違いありません。子育てに関わる全ての人にも、同じように敬意を示すべきです。

専業主婦で家に居られていい、などとは関係ありません。別に永遠に休暇を取っている訳ではないのです。社会がもっと意識を変えて、子育てママも働くママであると認識するべきです。

子育てママも働くママ

毎日があっという間に過ぎていき、それでもするべき家事はまだ残っていて、でもそれに対して報酬はありません。ごほうびは愛だけです。子育てママは時間をかけて、おもちゃを片付けたり、掃除したりしています。時にはマルチタスクができる機械のように働いています。

一秒でさえも止まりません。常に食事の準備をして、洗濯をして、家中を片付けて掃除しているのです。

何日も何週間もの間、夫以外の他の大人と会話をする時間も無いかもしれません。専業子育てママは、思っているよりもとても大変なことなのです。毎日の繰り返しで、単純な生活のように見えるかもしれません。

別に競争している訳ではないのです。誰がより疲れているか、もっと目の下にクマができるのは誰か、自分を犠牲にしているのはどちらか、などと比べていません。

実は多くの母親は家でも外でも、誰よりも2倍働いているのです。それならば全ての人を労働者として含むべきではないでしょうか? 自分なりに、私達はすべて働く女性なのです。

子育てママも働くママ!

問題は、誰が私にやらせてくれるのかということではなく、誰が私を止めることができるのかということなんです。

– アイン・ランド

いずれにしても、働くママの話題には悲しい現実もあるのです。それは一度母親になると、仕事探しがとても難しくなるのです。

概して人は、経験もしていないのにあなたの人生を非難するのです。子育てのために育休を取った女性の証言を聞けば充分理解できますが、仕事に復帰するのは並大抵のことではないのです。

もちろん必要とする仕事が見つからなかったら、社会はその人の責任だと責めるのです。それは両方向から打撃を受けるようなものです。その理由は母親であることと、人とは違う人生を選んだからなのです。

私達はみな働く女性

子育てママは忙しい

報酬をもらっているかどうかに関わらず、子どもの面倒を見る女性も働く女性です。

どのような道を選んだとしても、全ての母親に敬意を示すべきです。どんな仕事であっても、そこには意味があるのです。働く人のどの労働も、価値あるものとして尊敬しなければなりません。

お世話をするのは簡単な仕事ではなく、現在はさらに難しくなっていると感じます。子どもを養育するのは責任ある大変な仕事であり、誰にでもできることではありません。広い心を持ち、多大なる忍耐力が必要です。

世話をするというのは、単なる言葉以上の意味があります。純粋にお世話をしたいと思う人がいるという事は、つい見逃されてしまいます。目立たないけれど、誰かのお世話をすると決心するのは愛が無ければできないのです。

愛情、他人思い、奉仕、努力が底にありますが、その分、疲労もたくさんあります。いずれにしても、子どもをまず第一に考えるという、自分を犠牲にする思いがあるのです。

母親業というのは、母親にも子どもにも、そして社会にとっても非常に重要であるということを、誰もが意識するべきでしょう。

両親にしっかり見守られて育つ子どもは、心の人生に欠けるものがありません。それによって全ての人が恩恵を得ることになるのです。