母親になることは選択であり義務ではない

· 2018年8月13日

女性は子供を持つことを義務として考えるべきではありません。母親になることはあくまで選択であり、義務ではないのです。

母親になるための準備をしていない女性もいます。これには生理的、社会的要因が障害になる場合、または本人が母親にはなる事を望まない場合が考えられます。

この問題には極端な意見も存在するので、多少議論の余地があるでしょう。しかし、まずはすべての人の意見と権利を平等に考慮し、尊重する必要があります。

女性は生理的に妊娠するように設計されていますが、これは必ずしも女性の人生の目標、または心理と一致するわけではありません。

女性は長年社会からの抑圧を受けてきましたが、妊娠、出産することができるからと言って母親になる事が義務付けられているわけではないのです。

女性がそれぞれ母になる事について、異なるの考えを持つことは当然なことと言えるでしょう。

幸せな母親は、他の女性がなぜ母親になりたくないか、理解することができないと言います。一方で、子供を望まない女性は、前者が実際に幸せであるかと疑います。

母親になることは、女性がさまざまな視点を表現することを妨げる障壁になり得ると言えるかもしれません。母親になるかどうかを選択する女性の権利を保護することが、私たちの、子供への愛情が薄れることとイコールというわけではありません。

人は自分の人生をどうすべきかを自由に決めるべきであり、この権利は絶対的に認められるべきです。

悲しいことに、母親にならないと決めた女性は、必ずしも暖かい視線を受けるわけではありません。しかし、毎日このような女性の数がますます増えているのです。

現在、多くの女性は、子供がいることで、自分の望む人生を送ることができないと考えています。個人的、職業的懸念がしばしばこの考え方の理由になります。かといって、誰が糾弾されるべきではありません。

子を持たない

2015年に上映されたアルゼンチンの映画は、この問題を(これは映画の本来目的ではなかった)批判的な立場から訴えました。出演したスペインの44歳の女優マリベル・ヴェルデは自分と主役のビッキーを重ねたのです。

Sin Hijos(子を持たない)というタイトルのこの映画は、ラテンアメリカでも、議論の的のなっているこの問題を提起し、大きな反響がありました。

マリベルは、母親が義務ではなく選択であると考えている女性の一人です。彼女は自分の人生を自分の希望通りに送る権利を強く信じています。他の多くの人と同様に、彼女はなぜ子供を持

ないかという質問にうんざりしていたのです。

この映画では、40歳以上の女性が子を望まない場合に、多くの女性が「一体なぜだろう?」と疑問を抱く事実を正確に絵描きました。また、同時に彼女たちは、子どもを持たない女性に対して不満や、情けない等のネガティブな感情を抱くのです。

「子供を持たない」の主役であるビッキーは、ラジカルな立場に立って、多くの女性が心に抱くが口にすることがないこの問題について声をあげたのです。

一部の女性は、子どもを持つことが自分の発展の妨げなることを認めることで、自分が悪い母になる、他人からの批判に晒されると考えています。

映画のメッセージは、あくまで他人の意見を尊重すべきであるということです。子供がいない女性は他の母親を軽蔑するべきはないし、その逆もまた然りです。社会が人々に決定を押し付けるべきではないし、私たちもまた、誰かに押し付けるべきではありません。自分のことは自由に決定すべきです。

母親であることは時には義務となりうる

女性は自分の人生をどうすべきかと考える機会をもつべきです。ただし、この選択肢が常に存在するとは限りません。

個人の権利に焦点が当たっていれば、その波に乗って多くの母親は、今とは違う決定を下し、自分の人生を変えていたのかもしれません。

母親になるかどうかを尋ねれば、いいえと答える、または今はまだその時ではないと考える理由がたくさんあるのではないでしょうか。母親になることがいつでも最善なわけではなく、時には計画が必要な場合もあります。

私たちは可能な限り状況を慎重に見極めて、自分の行動に責任を持つ義務があります。

自分自身に配慮しながら、子どもにどんな生活を与えたいかと考えることが重要です。正しい決定を下せば、社会的な圧力のためにではなく、適切な時に母親になることを選択することができるのです。